2010年10月28日木曜日

初音の調度について


 寛永16年(1639)9月20日、三代将軍家光の長女千代姫が数え年三歳、今日で言えば満二歳六ケ月で尾張徳川家二代の光友に、まことにみごとな蒔絵の婚礼調度を携え嫁ぎます。
 その婚礼調度は、意匠によって三分類に大別できます。一つは『源氏物語』の「初音」の帖に題材をとった初音蒔絵調度、二つは同じく「胡蝶」の帖に因んだ胡蝶蒔絵調度、三つは初音・胡蝶以外の種々の意匠の香道具や刀剣類など。また収納してきた長持や品目を書き上げた文書なども国宝の附属として指定されています。「初音の調度」とはそうした千代姫婚礼調度の総称の通称です。その豪華さは終日見ても見飽きることがないと讃えられて、「日暮しの調度」とも異称されました。
 貝桶をはじめとして厨子棚・黒棚・書棚などの三棚や化粧道具、文房具などが現存しています。これらは大名の婚礼調度の中心的な道具です。たとえば貝桶とは、本来は婦女子の遊戯であった貝合の貝を納めるための一対の容器です。蛤のような二枚貝はもよの一つの組み合わせの貝でなければ蓋と身が合わないために、婦人の貞節の象徴として婚礼調度では最も重要な意味を持つていました。

 初音蒔絵の意匠は、正月元日、源氏が年賀のために六条院を訪問した時の情景と、明石の上が詠じた「年月を松にひかれてふる人に今日うぐひすの初音きかせよ」の和歌に基づいています。当時の年中行事に、正月の子の日(ねのひ)に小松を引き抜いて長命を祝う風習があり、源氏が訪れたその日は、初子(はつね)の日がたまたま偶然に元日に重なった格別にめでたい日でした。初音(はつね)は初子(はつね)に通じる吉祥の題材であり、婚礼調度を飾るには最適な主題と考えらます。この和歌の文字が画中に見え隠れするように金銀の彫金の文字で散らされています。

 一部には赤い珊瑚を紅梅の花に用いて、高蒔絵はじめ高度で複雑な漆工芸技法が凝らされています。幕府のお抱え蒔絵師である幸阿弥家十代長重が千代姫誕生に際して父の将軍家光から注文を受けたとの文献記録があり、寛永時代の大名婚礼調度の絶頂期の作で、江戸時代のわが国の蒔絵工芸の代表作でもあります。

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